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知っているよ
H20×W12×D10 cm
photo Ujin Matsuo
音楽の役割が基本的には貴族の娯楽であった古典派時代を終えて、各々の作曲家が明確に自己を表出する媒体として楽曲を捉えるようになったロマン派時代。シューマン(1810〜1856)はその黎明期に活躍した。
法律家になるべく学校に通うも、音楽への想いが募りピアノの道へ。しかし、誤った練習で指を壊す。そんな状況にも関わらずピアノの天才少女として育てられた師の娘クララと恋仲になり大騒動の末に結婚。地道に努力し何とか作曲家、批評家、指揮者として社会的地位を築く。
40歳ごろから、軽度の言語障害、記憶障害などが現れていたが、20歳の若く才能のある作曲家ブラームスの訪問を受け大いに喜ぶ。雑誌で紹介し、出版社へのパイプを作り、彼が世に出るサポートをする。その直後賑やかな謝肉祭の最中にライン川に投身。幸い漁師に救われるも、精神病院に入院して2年後に46歳で死ぬ。「知っているよ」はクララとの最後の面会の際に遺した言葉だ。
こう書くといかにも劇的な生涯だが、彼の音楽に派手さはなく、どこか不器用だ。何でも卒なくこなす天才タイプの親友メンデルスゾーンや、自分より名声のある妻、ピアノで全てを表現できてしまうショパンや、より分かりやすくロマン派的にイッてしまっているベルリオーズ、そしてブラームス。周囲の才能を誰よりも賞賛し、羨んだ。そしてベートーヴェンやシューベルトの後継者になるという強い自負の中葛藤し続けた。彼の音楽は燻し銀だ。