×
不動のようで蠢いている(原型)
私にとって見ず知らずの土地で取材をし、そこで得たものを即座に自作に反映するのは困難なことだった。
故に藤沢の歴史や所緑の人物・文化から、既知で自らの制作と潜在的に関わってきたことや心惹かれてきたものを探り、自身と膝沢とを地続きのものとすることが最初の一歩となった。
蓋を開けてみれば、和辻哲郎の「面とペルソナ』「風土」や茶川龍之介の「監気楼」、その息子の作曲家・也寸志のマイナス空間への希求、ロダンやセザンスを紹介した白樺派や一遍の踊り念仏等、ネタは豊富だった。
それらを拠り所として自分なりに形に起こして行く過程で各々がバラバラに点在している期間が続いた。
個々の要素を束ねる大枠となるイメージをなかなか見出せずにいたのだ。打開の糸口は作業終わりに見た夜の江ノ島だった。緊急事態言下で人もまばらなその場所は、以前足を運んだ観光地然とした姿とはまるで違う異質な存在だった。
不動の様で蠢いており、不変の様で唐突に出現したかの如き奇っな様は、同時に全てを内在する懐の深さも備えていた。この景色が後の制作における軸となり、ぼんやりとした希望にもなった。
こうして形となった作品は様々な事柄が交錯し、矛盾を孕みながら存在している。
特定の何かを指し示したものではないが、形、要素どこをとっても藤沢という基点がなくては存在し得なかった滞在の記録である。